瑪瑙異書類従

瑪瑙異書類従
準備中

link

prep room 準備室(一号室)
menou books  メノウブックス(二号室)
瑪瑙文庫(三号室)

2018年2月22日木曜日

瑪瑙文庫

春秋纂言(元刻本)

集韻(宋明州刻本)



龍龕手鑒(宋刻本)

詩外傳(明沈氏野竹斎刻本)





讀易餘言






春秋五禮例宗(宋刻本)


春秋名號歸一圖(宋刻本)


 


周禮注疏






尚書正義(宋兩浙東路茶鹽司刻本)




自分なりの集め方

四書章句集注
(宋嘉定十年戸宇塗郡齋刻嘉煕四年淳祐八年十二年逓修本)
(宋淳祐十二年當塗郡齋刻本)

論語集説(宋淳祐六年湖頖刻本)


周礼(明嘉靖呉郡徐氏刻三礼本)


2018年2月21日水曜日

自分なりに集めていくこと

本が集まってきている。

史記(宋乾道七年蔡夢弼東塾刻本)

春秋傳(宋乾道四年刻慶元五年黄汝嘉重修本)

春秋繁露(宋嘉定四年江右計臺刻本)

周易注疏(宋兩浙東路茶鹽司刻宋元逓修本)



2018年2月15日木曜日

文字組みと紙の薄さについて

左伝纉考(4函32冊含補遺付録)の入手を契機にして残存する亀井昱の版本を集めたいと思いました。
古本屋には、まだまだ流動的だけど入手可能な版本はあるし、なんだって図書館に一度収まってしまっては手にすることはほとんど難しいのが線装本の扱いだということです。



文字組みの妙と紙の薄さのバランスが良い。
影印本とは言いつつも、活字写本とは全く異なり、線装本の本領発揮はこの手に持った感じが心地よい。しかし、なんとも読み切れない判読難な手書き文字が延々埋め込まれているのが悩ましい。これ本当にハードル高いけれども、これを改めて判読可能な文字で翻印配列し直したいね。かかれている内容自体がそもそも難解なんだろうけども。




一方で下の画像。
類聚国史の文字の正確な配列と整然としたリズムはなんとも緊張感があって良い。
これ本当に貴重な本だということが改めてわかってきた。素晴らしい。大切にする。
薄葉本ということで紙が透けていて、次の文字、その次の文字との重なりが見えるくらいの薄さ。おそろしく深淵だ。

最近は文字と本のことばかりで、古臭い事、この上ない感じですが、それでも新しいものにも興味が続いていて、特にこちらを調査中です。
第一号から購入し続けているBarronマガジンの新刊が出るようです。
写真家Harley Weirさんによる女性の身体に特化した作品集ということですので手に入れようと思います。こちらの写真はすごくかっこいい。どの雑誌に掲載されたのか詳細はわかりませんが、Harley Weirさんの感性が炸裂しているけど、うるさくない、やさしい感触もまた素晴らしく思います。なぞのポーズも良い感じ。





2018年2月14日水曜日

類聚国史



類聚国史(2函10冊)を本屋で手に入れた。
この版本はいくつかの図書館には所蔵されていることが既にわかっていて、
こちらの成立は文化12年の江戸時代のもの。
平安時代の版本の類聚国史は1冊単位でそれ自体が国宝だから、本屋で売ってるはずはない。とにかく文字が生き生きとして表紙の鮮やかな発色と相乗効果ですばらしく輝いている。


菅原道真とか菅原長親についてあれこれ思索せずともこのビジュアル、表紙、文字形態でこの本の美しさが十分伝わってくる。







2018年2月11日日曜日

野戦出版 私刻本の方向性

これで正史三種、宋元版(再造善本)の史記、漢書、後漢書が自分のところに収まる。
金を出せば手に入るという単純な営為意識だけでは、到底まったっく必要のないものを。
ただただ集めるという、さらに単純な儀式的な手段だけで突っ走りたい。
過去の歴史的な文献を、丁寧に見ていく事の重要性と判断力を養いたい。
四部叢刊くらいの位置づけなのか、現状よくわからない部分もあるけれども、
紙も印刷もすごくしっかりしている状態の線装本の塊は ちょっとやそっとじゃビクともしない。そんな書籍の塊を今は必死で集めている。
大学で研究していますという枠や方向性も自分にとってはまるで何の意味も役にもたたず、
ただ単純に面白いと思ったからという私情を最大限に発揮して、突き進みたい。

 そこから派生させて、独自の野戦出版の方向性をなにかつかめたらいいと思っている。
私刻本の不毛な世界をもう一回温めたり煮たり焼いたりしてみたい。
自分の作った本を書店に置いてもらおうなんて百年早いという事だけは 痛いほど自覚して、数と形に目を瞑って、それでも何かを作っていきたいと強く思っている。


2018年2月9日金曜日

Pマガジン 5




半年ぶりに家に戻ってきた。
この半年はだいぶ意識的に生活のリズムを細かく調整することで、心身ともにごっそりといらない部分をそぎ落として、大事な部分と必要な部分をあらわにする様な半年だった。
それで結局同じところに戻ってきたのだから本当に帰るところがあるというのは素晴らしい。

自分が必死で集めた作品の一つの入口だったサイトが閉鎖されて 、跡形もなく連絡先もなくなった。集めた作品だけが残った。これはなんとも言えない情感がつきまとう。

今月はやらなければならないことがあってほとんど家から出られないだろうけれども、少なくとも放置気味の自分のサイトに集めた作品群を掲載していこうとは思う。
それと、この先の3年、5年くらいのスパンで自分ができること、やるべきこと、やりたいことを明確にしてより冷静に前向きに進めたらと思う。

 半年ぶりに食した家の普通の白米ごはんが美味しくて泣けてきた。
 ほぼ完全な朝方人間の自分にとって朝食が何よりのしあわせだ。

pマガジンがメキシコから世界に発信しているのはおしゃれでも美術でもなんでもなくて、単なる裸なのかもしれないけれども、それでも本としての重み、厚み、温かみは感じられるので、とにかく結論としては素晴らしいということになる。何にも発信するべきメッセージ性がないのも雑誌として意味がある様にも思う。