瑪瑙異書類従

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2015年3月30日月曜日

西行浮浪士と箱男

西行を箱男みたいな浮浪人だと言う設定で、都市を夜警する詩人の話が読みたい。
そんな本どこにもないけれども。




アートコレクター誌が創刊されたのは何年前だったか、もう忘れてしまったが、最新号では、全く追従するべき内容がなくなってしまった。つまらない。

少し前の写真特集は面白かった。コレクションされる物とする者と。もうあまりギャラリーにも美術館にも赴く動機や衝動が失われてしまった気がした。劇場やライブハウスで、舞台ではなくて観客を見ている事の方が面白いと感じることが増えた。

ただそれは誌面から受ける印象だけの問題で、実際はあるべき優れた作品対象は、かわらずどこか別の、目立たないところで、生き続けているというのが自分の希望です。作品が作者から完全に切り離されて一人歩きするくらいがちょうど良い。

安っぽい評論家や審査員のためのコンテストの餌になるくらいならば、だれも見向きもしないくらいの虚無な作品のほうがよっぽど想像的だと思う。そういう作品を自分の足と目で探して行きたいと改めて思いました。







2015年3月20日金曜日

メノウタンブラー



メノウタンブラー 新しく作りました。
去年の5月位からはじまった写真プロジェクトが再始動しました。

役者さんを被写体として 写真を作って行きたいという初期衝動から、
今に繋がっています。

被写体をして頂いているのは
キジマチカさんと宮本愛美さんです。

芝居が好きとか演劇が好きというのは、たぶん一般的な意味で、
自分の場合は人に興味があるので、純粋に演劇が好きなのとは異なる。

個人的に完全に自分向けのコンテンツのようなスタンスでやっていて、
むしろそれでどこまで行けるか試してみたいと言うのがある。

今日考えた事は、
よその畑からお客さんを呼び込むために
演劇が音楽を取り込んだり、ダンスを取り込んだり、
写真だったり、美術だったりを取り込んで膨れ上がっていると感じるのは、
結局純粋なお芝居の部分、本当に見せるべき部分が弱いから。
不十分だから、足りないから。
余計な物全部取り払った上で、中身を純粋にむき出しにしたところで
見える場面だけきちんと見て行きたいと思った。

ほんの数分でも良いからその役者さんの本当のお芝居を
見るために必要な物は台詞なのか表情なのかわからないけれども、
安易に唄や踊りで場を濁すような演劇はあんまり興味ないです。

メノウタンブラーで展開した数枚の写真には
表情があって、言葉が無い。
光があって色彩が無い。

要素を限定して見えるもの、
何か発見できる物があればそれで写真は成立していると思う。

このタンブラーはブラウザーによって見えたり、不十分だったりするのが
きついのだけれども、ぜひとも携帯スマホじゃなくて、
パソコンの大きな画面でイメージスクロールしながらご覧頂けたら幸いです。

とりあえずFireFoxというブラウザではきちんと表示されました。
Safariでは画像が全く見えません。
スマホだと多分イメージスクロールができない感じです。






2015年3月13日金曜日

アサジガヤド 廃墟で月明かり見上げながらの睡眠は、ほぼ野宿です。


今併行して本を読んでいて 雨月物語と西行と顳顬草子とダム写真集
雨月物語に関しては浅が宿が読みたくて、考えながら読んでいる。
さんざんプラプラして奥さんほったらかしの男が廃屋で、草ぼーぼーの廃墟(自宅)で
月明かり見上げながら眠りにつくところが良い感じですね。能の砧とも似て非なる展開がすばらしい。

雨月は原文と解説と現代語訳の併記物で、非常に読みやすく、また時代も地域もジャンプしているのが面白い。崇徳繋がりで西行の本は、歌とか歴史研究とかそんな物ではなくて、人物そのものの行き作法みたいな、白洲正子さんによる本でこれが読みやすい。

白洲さんに関しては、東京オリンピックをdisりながら、西国巡礼したエピソードが面白い。オリンピックくらいではしゃいでんじゃねーよと。

西行については能にもあるように中身よりも、外枠とか形式だけで、空っぽの動態、
見えるもの全てと、想像する無みたいな、一種のパフォーマーだと考えている。
宗教家でも歌人でもなくて、自分の中では最強のバックパッカー西行浮浪士。

神戸でしばらく研修受けて、休みに丸善ジュンク堂梅田店に突撃、写真コーナーは、
本棚スペースを贅沢に使っていて、すばらしい。
金子山さんの喰寝に大森さん写真集、さらには貴重な今日Zineというか織り込んだ一枚物の作品Zipp包装が展開してあったのを確認できた。
隣に川島小鳥氏の新作、”明星”。これは、写真そのものよりも装丁がむちゃくちゃしているのが気持ち悪い。写真そのものと本そのものがけんかしている感じで絶句。
台湾は、すばらしいが。

いろいろ見てダム写真集(文庫本)と顳顬草子(単行本)を購入。
ダム写真集は単純に面白い。ダムの大きさと機能と無機質感がたまらない。

顳顬草子はホラーでも怪奇でもなく話の切り込み方と切り離し方の本だと思った。
切れ味とイメージの輪郭がはっきりと、ぼんやりと、あるいは生臭くもあり、
冷ややかでもあり、その質感が素晴らしいと思った。

ブルータスの写真特集に関して気がかりで、自分でも読んでみたけれども
結局、写真ブームの内輪演出は面白くないという感じでしょうか?
Amazonのレビューがすごく冷静で出版社、編集者否定まで展開している事に興味もありますが、なによりも みんなの というくくりがまずかった。
やるなら セメントマッチみたいな感じで 野鳥おじさんも 街撮りも ヌードも
鉄道写真家も オカンアートでも 学生でも何でも良いから 入れ物の上で一度にみんなあわせて見てみたい。その点でプロもアマも関係ない、それこそみんなの写真ですよ。

とりあえず自分は手元のダム写真集と雨月物語を読みすすめて、次につなげたいなと考えています。

本のページを作ろうと考えていて、今まで制作したzineとか、海外のおすすめ写真集や、出版に携わった金子山さんの写真集とかのまとめページを制作中です。








2015年3月6日金曜日

水平面のむこう


個人対個人の興味対象の延長として
きちんと役割と方向性を整理した上で、写真を撮影しようと思い立った。
今現時点で、少しづつではあるけれども新しい、手段や可能性が見えてくるのは面白い。

海を題材にした写真を客観的に見ようと試みて、それでも一般的な海の写真は水平線縛りが圧倒的に多い事に、もう少し冷静になって、できる事ならば水平面を撮る事から始めようと考えてみた。

雨月物語の続編みたいなのを写真で表現できないか考えてみたはいいけれども、
結局前近代的な縛りになってしまってその先に行けない気がしている。

能が面白いのは単なる見た目ではなくて、一見空虚な時間が瞬間的に感情で満たされる
タイミングがある事だと思っている。色物作品から徹底的に脱色して残る骨組みや皮膚感覚やそういった物にとりあえず着目してそこから写真につなげていきたい。作品にコンセプトがないのが悪ではなくて、むしろコンセプトを必要とする中身の空っぽさが悪だと思う。想像力を誘導する空虚な入れ物をもって、稚拙なコンセプトを一から蹴飛ばしていきたい。









2015年3月2日月曜日

ワイワイワールドに参加したよ。

ワイワイワールドに参加しました。
自分は自分なりの写真の展開をしました。

自分以外の人の写真を見るのってやっぱり面白い。
良い悪いでなくて想像の幅が広がるのでそれが面白い。

いろんなブレーキや良心や常識や気構えや、そう言うのあるけど、
とりあえず一回無視して 展開してみると案外 駄目そうな物も良く見えてくる。